親鸞会「朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり(2)」

前回から、親鸞会の勉強会で聞いた「白骨の章」について、感想を綴っています。
冒頭は、「それ、人間の浮生なる相(すがた)をつらつら観ずるに、凡そはかなきものは、この世の始中終、幻のごとくなる一期なり」。
人間の相(すがた)は、浮生である。浮き草のように根っこがない。いつ、どんなことが起きて、今の幸せがひっくり返るか、分からない。本当にそうですよね。常に不安定な世界を私たちは生きていると思います。
最近なら博多駅前で突然、道路が陥没したり、トンネルの壁の崩落、祭りの爆発事故、車が突然突っ込んでくる事件も頻発しています。
不安定なのは人間関係も同じですよね。耳に入ってくる話といえば、仲のよかった2人の関係に、いつの間にか亀裂が入り、破局。そしてお互い傷つき苦しんでいる。なんで、どうしてそんなことになった?一体どこで間違えた?と思わずにいられないことが多いように思います。
そして、いちばん頼りにしているといっていいと思うのが健康ですが、その健康に突然、裏切られることもありますよね。ちょっと具合が悪いなと思って病院で検査したところがとんでもない病気だった。健康という幸せに裏切られた時のショックは、はかり知れません。
そんな、あてにならない人生を、つらつら、よくよく見てみると、「凡そはかなきものは、この世の始中終、幻のごとくなる一期なり」。幻のように過ぎる人の一生ほど、はかないものはない、と次に書かれています。この続きは次回にまた。
関心のある方は、親鸞会の勉強会にぜひ足を運んでみてください。

Comments are closed.