親鸞会「神や仏を信じるだけが信心じゃない!(その2)」

親鸞会で聞いたお話の感想、前回から「信心」という言葉を切り口に僕の理解を整理しようと試みています。
90年の生涯、「信心一つで救われる」と教えられた方が親鸞聖人、と言われるほど、重要なキーワードがこの「信心」ですが、ひとくちに「信心」といっても4通りあると親鸞会のお話で教えてもらいました。
まずはじめに、世間一般に思い浮かべる、神や仏を信じてご利益を願う信心。ふつう信心といったらこれでしょう。「もっと信心しなさい」とか「信心が足らない」という、あれですね。
でも、信心とは、文字通り、心で何かを信じることですから、じつは神や仏を信じるだけが信心ではなく、心で何かを信じていれば、それはその人の信心。例えば、金さえあれば幸せになれると信じている人は「金信心」であり、健康こそ幸せのすべてと信じている人は「健康信心」、結婚さえすれば人生バラ色と信じているのは「結婚信心」。子供が命と信じているのは「子供信心」といった感じで、「これがあれば幸せ」と信じ支えにしているのは、みんな「信心」であって、これが2つ目の信心です。
1つ目の信心(神や仏にご利益を願う信心)は、持たない人もあるでしょうが、2つ目の信心は、持たない人は誰もいないでしょう。何らかの希望や明かりがなければ人は生きていけないからです。何の信心も持たない人があるとしたら、それは死が光明となった人、すなわち自殺していく人ということになりそうです。というわけで、すべての人は、この2つ目の信心をもっているわけですが、この信心には宿命的な弱点が。。。
さらに続けて親鸞会で、仏教の奥深いところを学んでいきたいと思います。

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