親鸞会「真実の自己~ほんとうの私~」

親鸞会で聞いたお話の感想を綴っています。

今回のテーマは「真実の自己」。真実の自己とは「ほんとうの私」。「ほんとうの」という意味は、三世十方(古今東西)変わらない人間の姿。

「自分のことは自分がいちばんよく分かっている、何を今更、聞かなければならないの?」と思ってしまいがちですが、じつは、分かっていると思い込んでいるだけで、「汝自身を知れ」の言葉どおり、古代から今日までずっと分からず、私たちが知りたくて求めてきたことが「人間とは何ぞや」という問いなのかもしれません。これは親鸞会のお話の中で聞いたのではありませんが、そういえば「人間」が知りたくて医学の道を志したという人を知っています。また、「人間」が知りたくて物理学を志したという有名な物理学者の自伝も読んだことがあります。「人間」をどうとらえるかでロボット研究の方向性が変わったというアンドロイド研究者の話も聞きますし、「人間」を知らないと、行政政策も決められないといった官僚も知っています。「人間」の心理と行動を離れては経済学も成り立たず、哲学や心理学は言うに及ばず、文学もしかりですよね。

やっぱり、「人間」とは何か、「私」とは何かって、みんなの最大関心事なのかもしれません。いや、きっとそう。

それで話を親鸞会のお話に戻すと、自分というものは、自分に近すぎて分からない。そこで、ほんとうの私を映す鏡が仏教だと聞かせてもらいました。だから仏教を聞くということは、三世十方(古今東西)変わらない、ほんとうの私とはいかなるものかを聞く、ということになりますね。壮大でもあり、最も身近なものなんですね。なんだか仏教のイメージが変わります。

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