親鸞会『愚痴』

親鸞会で聞いた仏教に関するお話を書いているサイトです。
今回親鸞会で教えてもらったお話の内容は、本当に自分にとって身近に感じられるというか、反省させられるないようのものでした。

その内容というのが「愚痴」という言葉について。
次のように親鸞会で教えてもらいました。

「愚痴っぽい」とか「愚痴る」とかいうあの「愚痴」ですね。

文字をミテミマショウ。

「愚」は“おろか”という字。
「痴」はやまいだれの中に、知恵が入っていますから「只今、知恵が入院中」ということ。

つまり「愚痴」とはバカでバカな心、ということですね。

何が分からなくてそういわれるのかといいますと、宇宙の真理である「因果の道理」が
分からないから「愚か」と言われるのです。

道理とは、いつでもどこでも変わらない真理ですが、そんな時代も国も超えた真理とは
何かといいますと、それが「因果」という真理なんです。

因果とは、原因と結果、ということ。
どんな結果にも必ず原因がある。
原因なしにおきる結果は万に一つ、億に一つない、ということです。

分かりやすい言葉でいえば、蒔かぬ種は生えぬ、刈り取らねばならない一切のものは
自分の蒔いた種ばかり、ということです。

この因果の道理が分からずに、苦しいのを他人のせいにして、余計苦しんでいる心が
愚痴なのです。

最後にこんな話を紹介しましょう☆

悪人ばかりだとケンカにならない
一家和楽の秘訣

ある所に、内輪ゲンカの絶えないA家と、平和そのもののB家とが隣接していた。
ケンカの絶えないA家の主人は、隣はどうして仲よくやっているのか不思議でたまらず、ある日、B家を訪ねて懇願した。
「ご承知のとおり、私の家はケンカが絶えず困っております。お宅はみなさん仲よくやっておられますが、なにか秘訣でもあるのでしょうか。一家和楽の方法があったら、どうか教えていただきたい」
「それはそれは、別にこれといった秘訣などございません。ただお宅さまは、善人さまばかりのお集まりだからでありましょう。私の家は悪人ばかりがそろっていますので、ケンカにはならないのです。ただそれだけのことです」
てっきり皮肉られているのだと、A家の主人は激怒して、
「そんなばかな!!」と、言おうとしたとき、B家の奥で大きな音がした。
どうも皿かお茶碗でも割ったようである。
「お母さん、申し訳ありませんでした。
私が足元を確かめずにおりましたので、大事なお茶碗をこわしてしまいました。私が悪うございました。お許しください」
心から詫びている、お嫁さんの声がする。
「いやいや、おまえが悪かったのではありません。先ほどから始末しようしようと思いながら横着して、そんなところに置いた私が悪かったのです。すまんことをいたしました」
と、続いて姑さんの声が聞こえてきた。
「なるほど、この家の人たちは、みんな悪人ばかりだ。ケンカにならぬ理由がわかった」
A家の主人は感心して帰ったという。

「謗るまじ たとえ咎ある 人なりと   我が過ちは それに勝れり」

文字にすると難しいように思いますが、親鸞会の会員の人はとてもわかりやすく、ユーモアに教えてくださいますので、お話を聞いていても楽しかったですよ!

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