3月 26

前回は、親鸞会とは何か?親鸞会とはどのような集まりのことを言うのかをお話しました。

今回も親鸞会で聞いた仏教のお話をご紹介したいと思います。
親鸞会の人が言うには今回のお話はとても有名なお話だと聞いたのですが、正直初耳だった私。
少し恥ずかしい気持になってしまいました。

親鸞会で聞いたお話は「白骨の章」というものでした。
お話の冒頭によく葬式のときに読まれるものです。」といわれ、特に心に残ったのが「朝に紅顔ありて夕に白骨となれる身なり」というお言葉。

朝、元気に「行ってきま~す」と血色のよい顔(紅顔)で出かけるというのは、どこにでもある風景ですよね。
実際、私も今朝はそうでした。

「行ってきます」

というのは

「行って、帰ってきます」

という意味なんだそうです。

ところが、夕方に帰ってこないことがあります。
突然の交通事故や、通り魔、天災などなど、人生なにがおきるか分かりません。

「ただいま」

と帰ってこれるのは当たり前ではないのですね。

親鸞聖人は出家されるときに「明日ありと思う心のあだ桜、夜半に嵐の吹かぬものかは」とと詠んだそうです。
その時の年齢はわずか9歳の時の出来事なんだそうです。

「今日をさかりと咲く花もいちじんの嵐ですべて散ってしまいます。 明日といわず。今日得度していただけないでしょうか」

明日、得度をという僧侶に対して「明日の命、だれが保障してくれましょう」というわけです。
親鸞会でこの話を聞いた時、私は「ああ、自分は一日をおろそかにしているな」と反省したのを覚えています。

最後に親鸞会の一日一訓カレンダーの言葉を紹介しましょう。

「今晩死ぬ覚悟で何事も行うようにしよう」

3月 6

親鸞会とは、昭和33年に結成し、親鸞聖人のお名前からとって浄土真宗親鸞会という名称となったようです。
親鸞会は世界の光と仰がれる親鸞聖人の本当の教えを知りたい、という親鸞学徒が集まった人たちの集まりだと教えてもらいました。
浄土真宗親鸞会は、浄土真宗を開かれた親鸞(親鸞会の人たちは、親鸞聖人と尊称しています)の教えを、正確に、1人でも多くの方に、知ってもらおうと、日々活動をしているようです。

このサイトは、そんな親鸞聖人の教えをいろんな人に広めている親鸞会で聞いた仏教のお話(法話)やそのお話の感想を書いて行こうと思っています。
初めて親鸞会というところへ行ったのですが、本当に大きく綺麗な会館だったのにはびっくりしました。

そんな親鸞会で聞いたことをお話していこうと思います。
第1弾の今回は親鸞会で聞いた「盲亀浮木の譬」についてのお話です。

このお話はこんな内容でした。

ある時、お釈迦様が弟子の阿難に「はてしなく広がる海の底に1匹の目の見えない亀(盲亀)がいる。
海面には1本の丸太(浮木)が浮かんでいる。
その真ん中には1つの小さな穴がある。
その亀が100年に1度波の上に浮かび上がったときにちょうどこの浮木の穴から頭をヒョイと出すことがあると思うか」と尋ねたそうです。

阿難は驚いて「そんなことはとても考えられません」と答えるとお釈迦様は「阿難よ、私達が人間に生まれる事は、この亀が丸太ん棒の穴に首を入れる事が有るよりも、難しい事なんだ。有り難いことなんだよ。」
「有難い」
という言葉はここから来ているそうですよ。

という内容のお話でした。

私たちがいまこうして生きていることや、人間に生まれたことは本当に有難いこと、感謝しないければいけないことの1つなんだと、しみじみと思いました。

このお話に関係のある動画もみつけたので紹介しますね!
http://www.shinrankai.or.jp/s/movie/moukihuboku/index.htm